「労働契約書」と「労働条件通知書」。似た名前の2つの書類は、法的な位置づけがまったく違います。結論から言うと、通知書は交付が法律上の義務、契約書は義務ではないが証拠として重要。だから実務では、1枚で両方を満たす「兼用書面」が定番です。違いとリスクを整理します。
それぞれの役割
労働条件通知書=会社からの「お知らせ」(交付義務あり)
会社が労働者に賃金・労働時間などの労働条件を知らせる書類です。労働基準法第15条により交付が義務づけられており、違反には30万円以下の罰金の定めもあります。性質は会社から労働者への一方向の通知で、本人のサインは必須ではありません。
労働契約書=双方の「合意の証拠」(義務なし・推奨)
会社と労働者の双方が署名・押印して、合意したことを形に残す契約書です。作成しなくても契約自体は成立しますが(口頭でも労働契約は有効)、「言った・言わない」を防ぐ証拠になります。労働契約法も、契約内容をできる限り書面で確認するよう求めています。
比較表
| 労働条件通知書 | 労働契約書 | |
|---|---|---|
| 作成・交付義務 | あり(労働基準法15条) | なし(任意・推奨) |
| 違反したら | 30万円以下の罰金の対象 | 罰則なし(ただし証拠が残らない) |
| 性質 | 会社→労働者への通知 | 双方の合意(契約) |
| 署名・押印 | 原則、会社のみ | 会社・労働者の双方 |
| 主な目的 | 労働条件の明示 | 合意の証拠を残す |
片方しかないと何が起きるか
- 通知書だけ(サインなし)の場合。明示義務は果たせますが、本人の合意の証拠が弱くなります。退職トラブルの場面で「そんな条件は聞いていない」と主張されたとき、受け取りの事実から立証する手間が生じます。
- 契約書だけの場合。合意の証拠はあっても、法律が求める明示事項(絶対的明示事項)が欠けていれば明示義務違反です。市販の簡単な雇用契約書には、就業場所の「変更の範囲」など2024年改正の項目が入っていないものがあります。
- どちらもない(口頭のみ)の場合。契約は成立していても、条件を証明できるものがありません。賞与の有無・残業代の扱い・契約期間——揉める論点はすべて「言った・言わない」になります。実務の労務トラブルで最も分が悪いパターンです。
「労働条件通知書 兼 雇用契約書」が定番の理由
この2つを1枚にまとめたのが兼用書面です。書面の内容は通知書として法定の明示事項を網羅し、末尾に会社と本人の署名欄を設けます。これで「法律上の明示義務」と「双方の合意の証拠」を1枚で同時に満たせます。書類が1枚で済み、本人にとっても分かりやすい。当事務所でも基本的にこの形をおすすめしています。
作り方のポイントは3つ。①明示事項(→ 必須の記載事項)を漏れなく入れる、②2通作成して双方が1通ずつ保管する、③入社前〜入社時までに取り交わす(働き始めてからでは遅い)。
実務でよくあるトラブル
- 「面接で賞与ありと言われた」問題。口頭の説明と書面の記載が違うと、原則として本人に不利な口約束より書面が判断材料になります。逆に書面がなければ、面接時の説明が争点化します。条件は必ず書面に落としてください。
- サインを保留されたまま勤務開始。入社日までに取り交わしが済まないと、合意の証拠がない期間が生まれます。内定時に書面を送り、入社日に受け取る運用が安全です。
- 更新のたびに書面を作っていない。有期契約は更新も「新しい契約」です。更新ごとに書面の交付が必要です。
根拠・出典
- 労働条件の明示義務:労働基準法 第15条、労働基準法施行規則 第5条。
- 明示義務違反の罰則(30万円以下の罰金):労働基準法 第120条。
- 労働契約の成立(合意のみで成立)・書面確認:労働契約法 第6条・第4条第2項。
よくある質問
労働契約書と労働条件通知書は何が違いますか?
労働条件通知書は会社から労働者へ条件を知らせる書類で、交付が法律上の義務です(違反は30万円以下の罰金の対象)。労働契約書は双方が署名して合意を残す書類で、義務はありませんが証拠として重要です。
労働契約書の作成は義務ですか?
義務ではありません。労働契約は口頭でも成立します。ただし書面がないと条件を証明できず、トラブル時に不利になるため、作成を強くおすすめします。
口頭だけの雇用契約は有効ですか?
契約自体は有効です。ただし、労働条件通知書を交付しないことは労働基準法違反になります。また条件の証拠が何も残らないため、賞与や残業代をめぐる紛争で「言った・言わない」になります。
「労働条件通知書 兼 雇用契約書」がよく使われるのはなぜですか?
1枚で明示義務と合意の証拠の両方を満たせるからです。法定の明示事項を網羅した書面に双方の署名欄を付け、2通作成して各自保管します。
本人がサインしてくれないときは?
まず条件面の疑問を確認して解消します。それでも保留される場合、通知書としての交付(明示義務)は一方的に行えるので、交付した事実と日付の記録を残してください。合意の証拠が必要な場面に備え、メール等での受領確認も有効です。
本記事は2026年7月時点の情報をもとにした(2026年7月11日 大幅加筆)一般的な情報提供であり、個別事案への適合性を保証するものではありません。具体的なご相談は 酌井社労士事務所 へどうぞ。